丹道夫(たんみちお)の経歴、家族、富士そばの時給とボーナス、社長(息子)は?

丹道夫(たんみちお)!

富士そば創業者と言われる人物。

そば屋らしくない経歴の持ち主で、
激レアさんでも話題になっています。

富士そばは低価格のそば屋チェーンで
超ホワイト企業として有名。

バイトは高時給ボーナス
退職金もあるそうです。

現在の社長は息子さんとの事ですが
家族企業なのでしょうか?

とっても気になります。

ということで、
丹道夫(たんみちお)と富士そばに
ついて調べてみました!

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富士そば創業者の丹道夫(たんみちお)の経歴とプロフィール!

見た目は優しそうなおじいちゃん。

出典:jprime.jp

まずはプロフィール

名前 丹道夫(たんみちお)
生年月日 1935年12月15日82歳
出身地 愛知県名古屋市(生後すぐに愛媛県西条市へ転居)
高校 愛媛県立西条高等学校農業科(定時制)中退
福島県立湯本高校(夜間部)中退
愛媛県立西条高等学校(定時制)卒業
大学・専門学校 東京栄養食糧専門学校卒業
六本木の作詞学校卒業?

第二次世界大戦が1939~1945年です。

道夫少年が4~10歳の時ですね。

つまり、子供の頃は戦争で、
青年時代は戦後の復興期を
過ごしてきたことになります。

名古屋の空襲は
東京大空襲よりもひどかったと
聞いたことがあります。

愛媛県西条市への転居は
父親が死去したためなのだそうですが、
名古屋空襲の事を考えると
幸運だったのかもしれません。

しかも母親のウメさんが再婚したため
時代背景を考えると
西条市での生活は恵まれていたと言えます。

もっとも義父は
お金に厳しく愛情のない人で
道夫少年は虐待に近い
扱いを受けていたようですが。。

出典:jprime.jp

続いて経歴

西条高等学校農業科を中退してから
27歳までは東京や福島と西条市を
行ったり来たりを繰り返します。

その間にやった仕事は
次のようなものです。

  • 複数の仕事を転々
    • 八百屋
    • ガソリンスタンド
    • 工事資材運搬者の運転手
    • 坑夫
    • 印刷会社
    • 新聞配達
    • 衣類の行商
    • 病院栄養士
    • 料理学校の生徒勧誘
  • 西条で料理教室を開講

この間に2つの高校と
1つの専門学校に通いました。

専門学校を卒業し栄養士となったあとは
病院栄養士など資格を生かした仕事が
中心となっています。

その間義父の高助さんがお亡くなりに。

そして、丹道夫さんの人生を変える
4度目の上京、その後の経歴は次の通り。

  • 弁当屋勤務
  • 工場向けの弁当屋として独立
    東栄給食センター(埼玉県蕨市)
  • 1964年不動産業の共同経営に着手
  • 1965年巨大なバーのチェーン経営に着手
  • 1966年渋谷にそば清出店
    2016年に閉店
  • 1967年そば清24時間営業開始
  • 1972年共同経営から独立
    ダイタンフーズ設立
    そば清を富士そばに屋号変更
  • 丹まさととして作詞家デビュー
  • 2000年代後半そばチェーン日本一

丹さんは最初に弁当屋として独立するときに
埼玉に家を買って転居しています。

その際、弟と母親も埼玉へ転居。

共同経営の会社名は分かりませんでしたが、
オフィスは渋谷の玄道坂だったそうです。

ゴーゴークラブやレストランも
展開していたとの事。

富士そばは説明不要ですね。

出典:ob-list.net

低価格、オシャレではないけど
入りやすい店構え。

味もインスタント食品よりは
おいしくて、ついつい食べたくなる感じ。

店によっては乱切りそばや二八そば
を提供している店舗も。

頼んでから出るまでが早く
早朝深夜の営業と合わせて
完全に都会型のスタイルです。

日本一のそばチェーンということで
店舗数も調べてみました。

国内外を合わせれば147店舗

国内の店舗数は23区内に105店、
23区外に11店、埼玉8店、
神奈川7店、千葉6店です。

合計で137店舗。

海外の店舗数は台湾4店、
フィリピン5店、シンガポール1店、
合計で10店舗です。

都会型のお店のせいか
23区内に出店が集中しています。

むやみに展開しないのも
成功の秘訣かもしれません。

丹道夫(たんみちお)の家族、息子の丹有樹(たんゆうき・富士そば社長)、妻と娘は

丹道夫さんのご家族はと子供2人、
子供は息子が一人ずつ。

丹道夫さんが結婚した時期は不明ですが
長男の丹有樹さんの出生を考えると
ダイタンフーズ設立後すぐに
結婚したものと思われます。

一番有名なのは現富士そば社長の長男
丹有樹(たんゆうき)さんです。

1974年生まれなので
現在45歳です。

丹有樹さんは29歳でご結婚されて、
現在13歳の娘さんがおります。

実はすごいスポーツマン。

小学校からテニスを始めて、
バイトもテニススクール、
就職先もテニススクール、
その後コーチとして起業するなど、
テニス三昧の青春時代を送っています。

社会人になってからも
社長向けテニスサークルを
立ち上げて遊んでいるようです。

素敵なご趣味ですね。

結婚を機に富士そばに入社。

副社長として海外展開を中心に
複数の事業を取り組み、
2年前にダイタンホールディングスの
代表取締役に就任しました。

奥様とお嬢様については
残念ながら情報が得られませんでした。

ですが丹有樹さんの社長就任までの
経緯を考えると丹道夫さんは家族経営には
こだわっていないように思います。

お嬢様はダイタングループ以外で
お仕事しているのではないでしょうか。

出典:facebook.com

ちなみに丹恭子さんという
女性を見つけることが出来ました。

この方は丹有樹さんの結婚相手か
妹である可能性が高いです。

どちらなのかは特定できませんでしたが
おそらく丹有樹さんの奥様かと。

丹道夫(たんみちお)が作った超ホワイト企業富士そばの時給やボーナス、退職金は?

バイトでボーナス退職金が出るなんて
凄い企業ですね!

時給はどの店も基本1,100円以上

出典:job-list.net

休憩時間も1,100円、
交通費も全額でます。

ボーナス退職金なしでも
飲食店では破格の対応。

実際にお店に行くと、
スタッフは割とくたびれた
中年くらいの方が多く感じました。

逆にそれが魅力でもありますが。

少なくても若々しくて
テキパキしている印象はありません。

出典:townwork.net

ただ、改めて写真で見ると
印象よりも普通な感じがします。

チケット制でスタッフとの
やり取りもなかったので
そのように感じたのかもしれません。

ボーナス勤務年数によって変化
退職金も同じです。

この辺りは一般企業の
福利厚生の制度と変わりませんね。

今どきは正社員でも
ボーナスも退職金も出ない
企業が多いようですが。。

ちなみに正社員は年収518万

規模の割に求人はあまり出ていません。

バイトからの生え抜きが
多いのかもしれませんね。

さすがは業際で一番ホワイトな企業。

この辺りの充実した雇用形態は
丹道夫さんの人生観に基づいて
決められたようです。

義父との関係や
仕事を転々としていた時代に
作り上げられた価値観との事。

出典:amazon.co.jp

らせん階段一代記という
丹道夫さんの自叙伝に
詳しく記されています。

かなり面白いので
おススメです。

ちなみに「富士そば」は上京した時に見た
富士山の美しさにちなんで付けた
思い入れのある名前との事。

ダイタンフーズは「大きい丹(ふね)」
という意味でつけられたようです。

言葉一つ一つに
意味を持たせる辺りが
作詞家らしいですね。

丹市雄さんの作詞された演歌は
店内で永遠と流れています。

ご興味のある方は
是非聞いてみて下さい。

出典:amazon.co.jp

丹道夫(たんみちお)と富士そばについてのまとめ

以上、いかがでしたでしょうか?

今回の話を最後にまとめてみると
このような感じです。

・富士そば創業者の丹道夫(たんみちお)の経歴!

27歳まで紆余曲折の苦労人で、
その後は実業家として大成功したっぽい

・丹道夫(たんみちお)の家族、息子の丹有樹(たんゆうき・富士そば社長)、妻と娘は

丹有樹さんはスポーツマンで富士そば社長、
妻と娘は不明。

・丹道夫(たんみちお)が作った超ホワイト企業富士そばの時給やボーナス、退職金は?

時給が高くて福利厚生も充実してるっぽい

本日の内容をまとめると
この様な感じでした。

少しでも皆さんの話題作りの
お役に立てたらうれしいです。

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